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《原子力災害・核災害とは》
原子力災害は、主に原子力発電所の事故により放射線や放射性物質が放出され、人々に健康被害などの影響を与えることを指します。原子力発電所への武力攻撃、日本に寄港した原子力艦の原子力事故、他国からの核攻撃(核災害)も同様の影響をもたらします。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により、東京電力 福島第一原子力発電所で高さ14mを超える津波が押し寄せ、非常用ディーゼル発電機を含む全電源が喪失。注水ポンプが停止し、核燃料の冷却が困難となりメルトダウン(炉心融解)が発生。大量に発生した水素により水素爆発が発生し、原子炉建屋が大破したことにより、大気中へ大量の放射性物質の放出を伴いました。
初の原子力緊急事態宣言が発出され、周辺半径20kmは「警戒区域」に指定され、20km以遠の放射線量の高い地域は「計画的避難区域」として避難対象地域に指定し、10万人以上の住民が避難しました。
この原子力発電所事故は、国際原子力事故評価尺度 (INES) において最悪のレベル7(深刻な事故)に分類されています。ちなみINESレベル7と評価された原子力事故は、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故と2011年の福島第一原子力発電所事故となっています。
《放射線、放射能、放射性物質とは》
放射性物質そのものが放射能と呼ばれたり、テレビなどで「放射能がもれた」と報道されたことが、実際は放射線と混同していたなど、放射線、放射性物質、放射能という言葉は混同されやすくなっています。そのため、それぞれの言葉の意味を押さえておく必要があります。
- 「放射線」は、放射性物質から放出される粒子や電磁波のことです。
- 「放射性物質」は、放射線を出す物質です。
- 「放射能」は、放射線を出す能力です。
これらはよく懐中電灯に例えられます。
- 懐中電灯の「光」 → 放射線
- 懐中電灯「本体」 → 放射性物質
- 「電池(光を出す能力)」 → 放射能
となります。
《放射線の種類と透過力について》
放射線は、高いエネルギーを持ち高速で飛ぶ粒子「粒子線」と、高いエネルギーをもつ短い波長の「電磁波」の総称です。
この中でアルファ(α)線、ベータ(β)線、ガンマ(γ)線、X線、中性子線が主な放射線で、アルファ線、ベータ線、中性子線は粒子線、ガンマ線とX線は電磁波です。
アルファ(α)線は紙一枚で、ベータ(β)線はアルミニウムなど金属板で、ガンマ(γ)線・X線は鉛で、中性子線は水やコンクリートのように水素を多く含む物質で遮断することができます。そのため、主にガンマ線と中性子線を遮蔽することが非常に重要となります。
《被ばくとは》
放射線を受けることを被ばくといいます。放射性物質は自然に存在しており、私たちは知らず知らずのうちに、空(宇宙)、大地、食品などから微量の放射線を常に受けています。
放射線を受けると、体内の細胞のDNAにダメージを受けます。被ばく量が多くなると、DNAの修復ができず細胞が死に、死滅する細胞が多いと臓器障害が生じます。臓器障害の程度が大きくなると死亡の原因となります。またDNAの修復が不完全な細胞が残ると、将来的な発がんや遺伝的影響のリスクとなります。放射線が人体に与える影響を評価する単位として、シーベルト(Sv)が使われます。
また、被ばくには外部被ばくと内部被ばくがあります。外部被ばくは、体の外から放射線を受けることを指します。内部被ばくは、呼吸や水、食べ物、傷口や皮膚から体内に放射性物質を取り込むことにより被ばくすることを指します。
放射線は人の五感で感じることができないため、放射線は非常に怖いと言えます。
《他国からの核攻撃にはどう備えるか》
放射線や放射性物質の脅威は原発事故に限ったことではなく、核兵器による被害(核災害)も含まれます。
日本の情勢が危うくなった場合、核兵器のターゲットとなりやすい大都市、首都、自衛隊基地、米軍基地、空港、商港にはなるべく近づかないようにします。
核兵器による攻撃については、初期の巨大な爆発・爆風から逃れた上で、ばら撒かれた放射性物質(「放射性下降物」と呼ばれます)による被ばくを避ける必要があります。
核弾頭ミサイルが発射された場合、日本へは極めて短時間(10分未満の可能性あり)での到達が予想されています。全国瞬時警報システム (Jアラート)が発動したら、核爆発自体の衝撃波や熱風から逃れるために、直ちにコンクリートで覆われた地下鉄、地下街、ビルの地下などへ爆発前に避難する必要があります。逃げ込む建物は、「木造施設 < コンクリート造りの施設 < 地下施設」の順で安全とされています。理想は核シェルターへ逃げ込むことですが、日本に核シェルターはほとんど普及していません。個人購入できる核シェルターもありますが、スペースや値段など各家庭に備えるのはかなり高いハードルが存在します。そもそも自宅にいる時に核攻撃に遭うとも限らず、外出中であれば速やかに適切な避難場所を探さなければなりません。
また、運よく地下鉄や核シェルターに逃げ込めたとしても、極力被ばくを避けるためには、核爆発後2日以上は地下やシェルター内で待機する必要があります。空気中に残っている放射線の線量は「7時間ごとに10分の1に減る」という「7の法則」というものがあります。約2日間(49時間)が経過すれば、外の放射線量が100分の1まで減少することになります。さらに14日間避難・待機することができれば、空気中の放射線量は1000分の1まで減少します。
自宅であれば14日以上の備えをしておくことも可能ですが、自宅が核爆発に巻き込まれずに無事でないと備えが無駄になります。また、外出先では2日分の食料を確保するのも一苦労です。このように、特に爆心地に近い場所で核攻撃に遭遇した場合、即死を逃れても非常に厳しい状況下に置かれることになります。
《原子力災害における防災対策》
外部・内部被ばくを可能な限り避けることが、原子力災害・核災害の防災対策の基本となります。
外部被ばく対策として、放射線をなるべく遮蔽するため屋内避難を行います(コンクリート建造物ならなお良い)。
内部被ばく対策としては、屋内では窓を閉め、室内に放射性物質が入ってこないようにします。換気口の目張りをし、家の中の食べ物は蓋をしたり、ラップをかけて放射性物質が混入しないようにします。家に入る場合はシャワーを浴びることによって、体に付着した放射性物質を洗い流すことも有用です。同様に服にも放射性物質が付着している可能性を忘れないようにします。
参考:内閣府「原子力災害に備えて(屋内退避に係る広報チラシ)」
やむを得ず外出や避難をする場合、マスク、ゴーグル、レインコート、手袋を装着し、放射性物質の吸引や服への付着を出来る限り防止します。マスクがなければタオルやハンカチで口を覆うだけでも体内吸収防止効果があるとされています。
つまり外出時の防護については、火山噴火による火山灰対策とほぼ同じ対応となります。
「ゴーグル」と「防塵マスク」と「レインコート」と「手袋」 〜粉塵・火山灰・エアロゾル・放射性物質などから身を守りましょう〜《マスクの効果の検討》
放射性物質による汚染のおそれがある区域内の作業においては、国家検定のRS3規格、RL3規格(粒子捕集効率99.9%)のいずれかの規格のマスクが使用されています。現状、最も防御力が高い防塵マスクの規格となっていますが、よほどの理由がない限り個人で備えておくものではありません(ホームセンターやネットショップで普通に買うことはできます)。
原子力発電所の事故で放射性物質が大気中に放出される場合、放射性ヨウ素やセシウムは原子1コずつバラバラに空中を飛んでいるわけではなく、原子よりも大きなチリ(エアロゾル)として飛散します。2011年の東日本大震災における福島第一原発事故では、2μm(0.002mm)前後の放射性セシウムを含む粒子(セシウムボール)が観測されています。
1986年のチェルノブイリ原発事故では、日本にも微量の放射性エアロゾルが飛来しており、飛来したヨウ素131とセシウム137の大部分が、1.1μm(0.0011 mm)以下のサイズでした。(参考:日本科学未来館 Case # 3.11)
ホームセンターなどで売っている粉塵作業用の防塵マスクで、国家検定 DS2規格(= 米国 N95規格)を満たしていれば、0.3μm(0.0003mm)の微粒子を95%以上捕集できる性能を有しており、放射性粒子の吸入防止に有効と考えられます(国家検定 DS1規格は、粒子捕集効率80%以上)。
一般的な不織布マスクでも、PFE(微粒子ろ過効率)99.9%のマスクであれば、0.1μm(0.0001 mm)より大きい粒子を99.9%以上防ぐフィルター能力がありますので(あくまでフィルターの能力という意味で、マスク自体の能力として吸入を完全に防ぐわけではありません)、放射性エアロゾルに対しても有効的と考えられます。
参考ではありますが、東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故により、放射性物質の除染等業務に従事する労働者の放射線による健康被害防止のために厚生労働省が作成した「除染等業務に従事する労働者の放射線障害防止のためのガイドライン」においては、高濃度汚染土壌かつ高濃度粉じん作業に従事する労働者には、マスクに関して、国家検定規格DS2以上の防塵マスクを装着することと定められています(それ以外の環境ではDS1以上、もしくはサージカルマスク装着と定められています)。
まとめると、一般家庭において備えるならばDS2規格の防塵マスクがベスト、なければDS1規格の防塵マスク、そこまで備えていなければ不織布マスクを装着するのが妥当と言えます。不織布マスクすらない状況であれば、タオルやハンカチで口と鼻を覆うだけでも体内吸収防止効果があると言われています。
《安定ヨウ素剤(ヨウ化カリウム)》
国、地方公共団体からの指示により配布され、内服することにより放射性ヨウ素の甲状腺への蓄積を軽減する薬剤です。
ヨウ化カリウムについてはこちら ↓
原子力災害に備える「ヨウ化カリウム」 〜やりすぎ?防災シリーズ【放射性ヨウ素(ヨウ素131)の甲状腺への集積を抑える薬剤】〜《避難について》
原子力災害発生時は、市町村により住民の取るべき行動が指示されます。そのためテレビ、ラジオ、インターネット等で正しい情報を手に入れる必要もあります。
IAEA(国際原子力機関)の国際基準では、原子力発電所で事故が発生し緊急事態となった場合に、放射性物質が放出される前の段階から予防的に避難等を開始するPAZ(Precautionary Action Zone:予防的防護措置を準備する区域)と、屋内退避などの防護措置を行うUPZ(Urgent Protective action planning Zone:緊急防護措置を準備する区域)を設けることになっています。IAEAの国際基準を参考に、原子力災害対策指針ではPAZについては原子力発電所からおおむね半径5km、UPZについては原子力発電所からおおむね半径30kmを目安とし、地方公共団体が地域の状況等を勘案して設定します。
災害発生場所から近い場合、警戒区域に指定される場合があり、その場合は指示に従い避難をしなければなりません(災害対策基本法で強制力があります)。東日本大震災における福島第一原子力発電所事故では、半径20kmが実際に警戒区域に指定されました。警戒区域以外でも、放射線量などの条件次第では避難指示が出ることがあります。避難指示が出された場合、指示に従い自家用車または自治体が用意するバスで避難します。避難中継場などで放射線汚染の検査を行い、その後各避難所に避難するという流れになります。
《原子力災害も日々の備えの延長で備えましょう》
原子力災害時は物流の停止が予想され、状況次第では屋内に長期間待機する必要もあるため、水や食料品の備蓄が必要です。ライフラインが停止していても正しい情報収集できるように、ラジオは必ず備えておく必要があります。
前述の通り、放射性粒子を体内に取り込まないように、マスク、ゴーグル、レインコート、手袋の備えも必要になります。避難指示が出れば、非常用持ち出し袋が出番になります。避難時は車やバスでの避難が集中し、大渋滞が発生することが予想されるため、車で避難する可能性があれば、車にも水や非常用トイレなど防災グッズの備えが検討されます。
これらは結局のところ、普段からの防災対策に通づる内容です。日々の防災対策の中で、原子力災害についても意識しておくとよいでしょう。