災害大国日本では、地震、風水害、土砂災害などによるライフライン停止に備え、最低3日分、大規模災害に対しては1週間分の水、食料、非常用トイレ、その他必要な物品の備えが推奨されています。近い将来、必ず発生する首都直下地震、南海トラフ地震では長期間のライフライン停止も危ぶまれており、もはや1週間分の備えは必須ともいえます。
その中でも、生命維持に欠かせないのが「水」です。日本では上下水道の整備が進み、普段蛇口をひねれば飲める水が簡単に手に入ります。この水道水を、普段から防災用に貯めておけないだろうか?と考えたことは誰にでもあると思います。
今回は水道水の保存について、どのくらいの期間保存できるのか、保存するときや飲料水にする時の注意点について紹介します。
目次
【水は人の生命維持に欠かせない】
人体はそのほとんどが水で構成されています。年齢や性別で差はありますが、新生児では体重の約 75%、幼児では約 70%、成人では約 60~65%、高齢者では 50~ 55%を水が占めています。
体内の水が 2%失われるとのどの渇きを感じ、運動能力が低下しはじめます。 3%失われると強いのどの渇き、思考力低下、食欲不振などの症状がおこり、4~ 5%で疲労感や頭痛、めまい、意識障害などの症状があらわれます。そして 10%あたりから様々な臓器の機能障害が出現し、20%以上では死に至ります。
そのため人体にとって、水は必要不可欠なものなのです。
【飲料水の備蓄量】
普段何気なく消費している水ですが、大きく2つに分けられます。
1つは防災に最重要ともいえる、飲んだり、調理に使うための「飲料水」です。もう1つが、洗面・入浴・食器洗い・掃除・トイレの排水などで使用する「生活用水」です。
水の備蓄を考える時には、「飲料水」として備蓄するのか、「生活用水」として備蓄するのかを意識しましょう。
このうち、生命維持に欠かせないのが当然「飲料水」です。飲料水の必要量は、1人 1日 3リットルといわれており、これを 7日分備蓄することが推奨されています。つまり、1人 1週間で 21リットルにもなり、家族 4人であれば 1週間で 84リットルにもなります。
飲料水のもっとも安全かつ簡単で確実な備蓄方法は、市販のミネラルウォーターの備蓄です。他には、ウォーターサーバーを使う家庭においては、水タンクを多めにストックしておく方法も考えられます。
ペットボトル保存水の賞味期限 〜その水、まだ飲めるかも?水の賞味期限について〜【生活用水は備蓄ではなく代替手段を考える】
1人 1日 3リットルといわれるのは、あくまでも「飲料水」の備蓄量です。生活をする上では、洗面・入浴・食器洗い・掃除・トイレの排水などで使う「生活用水」も必要となります。
東京都水道局によると、家庭で 1人が 1日に使う水の量は、平均 214リットル(令和元年度)にもなります。
用途 | 使い方 | 使用量 |
---|---|---|
洗面・手洗い | 1分間流しっぱなしの場合 | 約 12リットル |
歯みがき | 30秒間流しっぱなしの場合 | 約 6リットル |
食器洗い | 5分間流しっぱなしの場合 | 約 60リットル |
洗 車 | 流しっぱなしの場合 | 約 90リットル |
シャワー | 3分間流しっぱなしの場合 | 約 36リットル |
災害時は水を節約するとはいえ、これだけの量の生活用水を数日〜1週間分備蓄するのは現実的ではありません。
お風呂に残り湯を貯めておく方法もありますが、それでも湯船の容量は 200〜 300リットルくらいであるため、十分量とはいえません。また、小さな子どもがいる家庭では溺水事故のリスクがあるため、十分な注意が必要です。
そのため、生活用水についてはその機能を代替する手段を考えることが重要です。
例えば水洗トイレの代用として必ず備えておくべきものに非常用トイレがあります。清拭・洗面・手洗いの代用として、ウェットティッシュ(ノンアルコールがおすすめ)、ボディタオル、水のいらないシャンプーがあります。歯磨きの代用としては、マウスウォッシュや歯みがきシートが便利です。
また、ラップを普段から多めに買っておき、災害時は食器にかぶせてその上に食事を乗せると、食べた後はラップを捨てるだけで食器洗いが不要となります。
- 非常用トイレ
- ウェットティッシュ(体に使うものはノンアルコールがおすすめ)
- 赤ちゃん用おしりふき
- 清拭用ボディタオル
- 水のいらないシャンプー
- マウスウォッシュ
- 歯磨きシート
- ラップ(食器にかぶせて使用する)
- 紙パンツや使い捨てショーツ
- 洗濯用バックと重曹またはセスキ炭酸ソーダ(少量の水で洗濯する方法)
【水道水の保存について】
そもそも水は腐るのか?
水(H2O)は化学的に無機物なので、水自体が腐ることは実はありません。本来「腐る(腐敗)」とは、たんぱく質などの有機物が、細菌など微生物の作用によって分解・変質することでおこります。
水道水の中には、微量ながら有機物などの不純物が含まれており、これが微生物の影響により腐り、「雑巾のような」「硫黄のような」悪臭を放ちます。これが一般的にいわれる「水が腐る」という状態です。
「腐った水」には、繁殖した細菌、菌から出る毒素、不純物が分解したものなど、さまざまな有害物質が含まれており、飲むと嘔吐、下痢、腹痛、発熱など胃腸炎の原因となります。場合によっては命に関わる可能性もあります。
水道水には塩素が添加されている
「水が腐る」原因となる微生物の繁殖を抑えるために、水道水には塩素を加えることが水道法で義務化されています。いわゆる「カルキ臭」や「プール臭」が塩素のにおいです。加える薬品としては、水道用次亜塩素酸ナトリウムや液体塩素があります。
塩素を水に溶かすと、水と反応して次亜塩素酸(HOCl)とそれがイオン化して次亜塩素酸イオン(OCl–)が作られます。これらの物質は強い酸化作用を持っており、その作用によって細菌やウイルス表面のたんぱく質を分解・破壊したり、酵素を失活させて殺菌作用を示します。
高濃度の塩素は人体にも悪影響を及ぼしますが、殺菌作用を示す塩素濃度は人体に悪影響をもらたす濃度の1/1000以下とかなり低いため、水道水に含まれている塩素が人体に悪影響を及ぼす可能性は低いと考えられています(人体への影響については、世界保健機構WHOのガイドラインでは 5mg/L以下と示されています)。
実際に使用する水道の蛇口まで消毒された状態を維持する必要があるため、蛇口から出てくる水が残留塩素濃度 0.1mg/L (ppm)以上を保つように、水道法で定められています。
水道水の一般的な保存期間
水道水の保存期間に重要な要素は、殺菌作用のある塩素濃度がどのくらいの期間保たれるか、ということになります。
残留塩素は時間経過とともに徐々に減少します。また高い水温や直射日光に弱く、速やかに消失してしまいます。
水道水の保存期間については、東京都水道局によれば「常温で3日、冷蔵庫内で10日程度」とされています。この期間内であれば、水道水を安全に飲むことができると言われています。
水道水保存についての実験・検証データ
秋田県仙台市水道局では、夏場に 2リットルのペットボトルに残留塩素濃度0.9mg/Lの水道水を詰めて、日なた、日陰、冷蔵庫におき、残留塩素濃度が水道法上の最低基準である 0.1mg/Lに減少するまでの日数を調査しています。
実験では、日なたでは1日ともたず、日かげではおおむね4日間もち、温度4℃の冷蔵庫ではおおむね1か月もつ、という結果になりました。
また、静岡県磐田市役所水道課が平成27年6月から6ヶ月間にわたり、水道水がどれだけ保存可能かを検証実験しています。
実験では、2リットルのペットボトルと10リットルのポリタンクを用意し、常温倉庫でペットボトルとポリタンクを保管し、約5℃の冷蔵庫にはペットボトルのみを保管し、それぞれ容器に空気が入っている状態とできるだけ空気を入れない状態とし、合計5つのパターンで検証しています。
結果では、空気が入っている方が塩素の消失が早く、常温保存では空気が入っていなくてもペットボトル・ポリタンク共に1〜2週間で残留塩素は基準値(0.1mg/L)以下となりました。冷蔵庫で保存したペットボトルでは、3ヶ月後に残留塩素が基準値以下となりました。
しかしいずれの容器も、実験終了の6ヶ月時点で一般細菌は 0〜 3CFU/ml以下と、ほぼ検出されませんでした(飲料水としての一般細菌の基準は 100CFU/ml以下)。
冷蔵庫ペットボトル | 常温ペットボトル | 常温ポリタンク | ||||
空気なし | 空気あり | 空気なし | 空気あり | 空気なし | 空気あり | |
残留塩素 | 3ヶ月で 0.15mg/L |
3ヶ月で 0.10mg/L |
2週間で 0mg/L |
1週間で 0.10mg/L |
1週間で 0.10mg/L |
1週間で 0mg/L |
6ヶ月後 一般細菌 |
3CFU/ml | 0CFU/ml |
これらのデータから静岡県磐田市役所水道課では、飲料水として倉庫や部屋に保管する場合には10日以内に入れ替え、飲料水として冷蔵庫で保管する場合は4〜5ヶ月以内に入れ替えることを提案しています。
参考データ:静岡県磐田市「水道水の保存検証【結果報】」
清潔な密閉容器+冷暗所保存なら長期保存できる可能性あり
東京都水道局の発表、秋田県仙台市水道局、静岡県磐田市役所水道課の検証結果を踏まえると、水道水は基本的に常温で3日以内、冷蔵庫で10日以内、清潔に保管できるなら常温で10日以内、冷蔵庫で4〜5ヶ月以内であれば安心して飲めますが、それ以上は残留塩素濃度が低下するため、飲用には適さない可能性があります。
ただし、清潔で密閉された容器で冷暗所に保存した場合、6ヶ月後であっても細菌の繁殖はほとんどなく、災害などの非常時には慎重に判断し、飲用を試してみる価値はあるかもしれません(あくまで自己責任で)。
いずれも飲む場合、口をつけた瞬間に雑菌が混入するため、速やかに飲みきる必要があります。
- 常温で3日以内、冷蔵庫で10日以内。
- しっかり消毒された清潔で密閉できる容器であれば、常温で10日以内、冷蔵庫で4〜5ヶ月以内。
- 災害時など緊急事態においては、しっかり消毒された清潔で密閉できる容器で冷暗所に保存されていれば、6ヶ月後であっても飲用することが検討できる(慎重に判断し、自己責任で)。
- いずれも口をつけたものは速やかに消費する
【備蓄する時の注意点、保管容器や保管場所】
水道水を備蓄するときに重要なことは、①細菌が繁殖しづらいようにすること、②なるべく塩素が抜けないようにすることの2点が重要となります。そのためには以下の注意点に気をつける必要があります。
- 手をせっけんやハンドソープでしっかり洗う。
- 保管する容器は清潔なペットボトルまたはポリタンクにする。
- 水は1リットルあたり1kgであるため、持ち運びを考えると10リットルくらいまでのポリタンクがおすすめ。
- 容器は水道水でよく洗浄する。
- 消毒に食器用ハイター(次亜塩素酸ナトリウム+界面活性剤+水酸化ナトリウム)などを使用するのも有効だが、界面活性剤や水酸化ナトリウムが含まれているため、消毒後はよく洗浄する。
- 空気が残らないように口元いっぱいまで水道水を満たし、しっかりとふたを閉める。
- 直射日光のあたらない、涼しい冷暗所で保管する。
- ペットボトル容器はにおい成分を通すため、におい移り予防のために周囲に置くものに注意する。
【長期保存した水道水を飲む場合】
静岡県磐田市の検証実験のデータをみると、長期に適切な条件で保存した水道水では細菌の繁殖は極めて少なく、災害時に他に水が確保できない状況では、飲むことを考慮できる可能性があります。しかしこれは、あくまで緊急時に自己責任で飲むかを判断するものであり、水が貴重な災害時に古くなった水道水で胃腸炎を起こしては本末転倒です。
緊急時にやむを得ず長期保存した水道水を飲む場合は、煮沸したり、アウトドア・防災用の簡易浄水器を使用することも検討したいところです(いわゆる「ブリタ」などの家庭用浄水器とは異なります)。
一般的なアウトドア・防災用の簡易浄水器であれば、細菌はほぼ100%除去することができるため、多少の細菌の繁殖であれば対応することができます。しかし注意点として、菌から出る毒素、細菌よりさらに小さなウイルス、カビから出る「カビ毒」などは、簡易浄水器では基本的に除去できない点に注意が必要です。
煮沸においても、一部の熱に強い菌や、菌から出る毒素、カビ毒は分解できないため、注意が必要です。
長期保存した水道水を飲む場合、慎重な判断が求められます。
携帯浄水器 GreeShow「GS-2801」「GS-282」レビュー 〜災害時に安全な水を確保する|実際に川の水を飲んでみた〜【ドクターソナエル流の水備蓄】
我が家では、2リットルのペットボトル4本と、10リットルのポリタンク2個に水道水を長期保管しています。場所は直射日光のあたらない物置に保管しています。
水道水備蓄の目的としては、マンションの点検や突発的な停電などによる、短期間と推定される断水時に、トイレ排水用などとして利用することをメインとしています。その上で災害が発生した場合など、長期間のライフライン停止によりペットボトルのミネラルウォーターが枯渇した場合の最終手段として、浄水器と組み合わせて飲料水とすることを想定しています。
平時の管理において、頻回の水の入れ替えは手がかかり、水道水を備蓄する習慣が続かなくなる可能性があるため、静岡県磐田市の検証結果を参考に、6ヶ月に1回の入れ替えとしています。
入れ替えの時には、トイレを流す水として使用したり、風呂掃除用の水として使用しています。水は大切な資源ではありますが、無理に使いきろうとすると、備蓄が面倒になり続かなくなる可能性があるため、余ったものはもったいないですがそのまま排水しています。
水道水は1リットルあたりおおよそ0.24円と言われています。10リットルでも2円程度であるため、6ヶ月に1回の入れ替えであれば経済的負担は無視できるレベルといえます。
簡易キットで一般細菌検査してみた
6ヶ月前に備蓄した保存水の入れ替え時期がきたため、大腸菌群・一般細菌検査キットで細菌をチェックしてみました。
試験紙をペットボトルに保存した水道水、ポリタンクに保存した水道水それぞれに浸し、検査紙の説明書通りに規定された経過時間後に結果を判定しました(規定の温度での保温は、バスタオルと使い捨てカイロで簡易的なものとしました)。
細菌がいると試験紙に赤いコロニーを形成しますが、今回ペットボトル・ポリタンクの水道水ともに全く細菌は検出されませんでした。
厳密な検査ではないためあくまで参考程度の結果ではありますが、保存容器の消毒と、手指からの菌の混入に気をつければ、水道水は比較的安全に6ヶ月保管できる可能性が示唆されました。
【まとめ|ライフスタイルに合わせた飲料水備蓄をしましょう】
前半でも述べましたが、飲料水のもっとも安全かつ簡単で確実な備蓄方法は、市販のミネラルウォーターの備蓄です。この場合、消費しながら備蓄するローリングストック法で備えるのがおすすめです。水道水の備蓄は、ミネラルウォーターを備蓄した上で、次の一手として考える必要があります。
簡単・最強の備蓄法「ローリングストック」 〜防災を日常生活に取り入れる心構えとしても〜水道水や飲料水を確保しておく方法は、ペットボトルやポリタンクでの保存だけではありません。例えばヒートポンプ式給湯器であるエコキュートは、湯を貯めておくタンクが内部にあり、災害時はタンクからお湯(または水)を取り出せるようになっています。またウォーターサーバーを使う家庭であれば、水タンクを多めにローリングストックしておくことで、清潔な飲料水を確保することができます。
このように、ご自宅の設備やライフスタイルに合わせた備えをすることが重要です。
さらに災害時に備え、いざという時の災害時給水ステーション(給水拠点)の場所を確認しておきましょう。そして場所だけでなく、実際にどのくらいの量の水をどうやって運ぶか(手で持って運ぶのか、台車で運ぶのか、エレベーターが止まっていたらどうするのかなど)までを、具体的に想像することが肝心です。