「帰宅困難者」になったときどうするか? 〜大規模災害時、それでもあなたは帰りますか?|火災旋風|群衆雪崩〜

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《帰宅困難者とは?》

帰宅困難者とは、近距離徒歩帰宅者(近距離を徒歩で帰宅できるする人)を除いた、帰宅断念者(自宅が遠いなどにより帰宅できない人)遠距離徒歩帰宅者(遠距離を徒歩で帰宅する人)を指します。

2011年の東日本大震災では、首都圏では515万人の帰宅困難者が発生(内閣府推計)しました。政府の地震調査委員会が今後30年以内に70%程度の確率で起きると予測しているマグニチュード7クラスの「首都直下地震」の場合、東京都において約453万人の帰宅困難者発生が見込まれています(令和4年5月 東京都防災会議「東京都の新たな被害想定〜首都直下地震等による東京の被害想定〜」より)。

比較的最近では、2021年10月7日の夜に発生した、千葉県北西部が震源の東京23区で最大震度5強を観測した地震において、首都圏の鉄道各社が運転を見合わせたこともあり、多くの帰宅困難者が発生しました。その結果、駅やタクシー乗り場には人々が長い行列を作り、帰宅を諦めた人々で駅周辺のホテルは満室となりました。

《大地震発生時の鉄道会社の対応》

各鉄道会社は地震が発生した場合、路線の沿線に設置された地震計の測定値に基づき、運転停止を判断します。各社ごとに、地震の強さを表す「震度」「ガル」「カイン」のいずれかを用いて、線路の立地条件を考慮し、列車の停止、運転規制、点検の実施基準を設けています。

また運転再開については、線路上に倒木がないか、崖崩れがないかなど、一般的に線路の状況を担当者が線路を歩いて目視で安全確認して、再開を判断します。

線路点検のイメージ。基本的に目視での点検となるため、時間がかかりやすい。

そのため、路線の距離が長いと点検に時間がかかり、点検に携わる担当者の配置や線路の立地状況に左右されます。

大地震が発生すると、点検に要する時間は、数時間から数十時間、最悪数日を要することが予想され、早々運転再開はされないということを覚えておく必要があります。

《大規模災害時に徒歩帰宅(自転車含む)をすることの危険性》

※画像はイメージです

大規模災害では、電車以外の公共交通機関も停止します。そのような状況で大量の帰宅困難者が一斉に徒歩帰宅しようとすると、警察・消防・自衛隊の救助・救命活動に支障をきたします。また徒歩帰宅では、道に溢れた多数の人により身動きがとれない状況が予測されます。

さらなる余震や建物の倒壊、瓦礫や悪路などによる負傷、首都直下地震で予想されている大規模火災火災旋風(炎の竜巻)に巻き込まれるなどにより2次被害に遭う可能性や、これまでにも実際に死亡例のある「群衆雪崩(いわゆる将棋倒し)」のリスクがあります。

2011年の東日本大震災や2021年10月の首都圏で最大震度 5 強を観測した地震では、建物や道路の損壊、大規模火災は発生していません。そのため首都直下地震だけでなく、人口の多い都市部直下で地震が発生した場合、これまでとは大きく状況が異なることが予想されます。つまり、大地震発生直後に無理に帰ろうとすると最悪死亡する可能性があるという意味になります。

《群衆雪崩とは》

群衆雪崩のイメージ

群衆雪崩は、多くの人が密集し、四方八方から強い圧力が加わって身動きが全く取れない状態で、ふと何らかの原因により少しの隙間ができた瞬間に支えを失い人が転倒し、それをきっかけに連鎖的に次々と覆いかぶさるように人々が転倒して発生します。巻き込まれると、死亡する危険がある現象です。

1平方メートルあたりに10人以上が密集している高密度な空間で、人の流れが乏しい(一方向への流れがない)、途中で幅が狭まるような狭い一本道群衆の流れを誘導する体制がない、人々がその場から逃れようとパニックになるような状態で発生しやすいと言われます。

群衆雪崩は「群衆事故」、「雑踏事故」、「将棋倒し」、「ドミノ倒し」とも言われることがあります。

大阪工業大学の吉村英祐特任教授が行った実験では、1平方メートルに男性14人の密度の再現を行ったところ、1人あたり約100kgもの圧力が加わり、約3人に1人が「呼吸困難」になったというデータがあります。

群衆雪崩では、周囲からの強い圧力のため、呼吸運動(肋骨・肋間筋・横隔膜のを動かして呼吸すること)に必要な空間が確保できず、「外傷性窒息」により死亡すると考えられています。

実際にこれまでに起きた、近年の主な群衆雪崩

日本では、2001年7月兵庫県明石市において、花火大会の見物客で混雑していた歩道橋で群衆雪崩が発生し、子供と高齢者合わせて11人が死亡しました。近年の日本における、最も有名な群衆雪崩として度々報道されています。

2015年09月に、サウジアラビアのメッカ近郊の谷メナーにおいて、年1回のハッジ(大巡礼)に訪れていた多数の巡礼者が群衆雪崩を起こし、2,181人が死亡し、メッカ史上最悪の群衆事故となりました。

2022年10月01日に、インドネシア東ジャワ州マランのサッカー場で、サポーター乱入をきっかけとして発生したパニックにより131人が死亡しました。

2022年10月29日に、ハロウィンで賑わっていた韓国ソウルの繁華街・梨泰院(イテウォン)において、狭い坂の路地に多くの人が殺到したことで群衆雪崩が発生し、日本人2人を含む150人以上の若者が死亡しました。

これら以外にも、規模の大小はあるものの、群衆雪崩による犠牲者は度々発生しており、決して珍しい事故ではありません。

群衆雪崩に遭遇しないためには

群衆雪崩に遭遇しないためには、そもそも近づかないこと、混雑してきたら引き換えすことが重要です。その上で、危険となる混雑の目安などを紹介します。

群衆雪崩に遭遇しないために
  • そもそも人が密集する場所には、なるべく近づかない。
  • 人の密度が高くなってきたら、戻れるうちに引き返す勇気が必要。
  • 大阪工業大学の吉村英祐特任教授によれば、エレベーターの定員の密度が1平方メートルあたり5人程度であり、満員のエレベーターと同じぐらいの密度であれば引き返す目安であるとしています。
  • 転倒のリスクを避けるため、混雑が予想される場所にヒールなど不安定な靴では行かない。

群衆雪崩が発生するような状況に遭遇した場合

イメージ。呼吸運動できる空間を確保するには、胸の前で腕を組むと有効。

群衆雪崩の危険性があるくらい人が密集した状況に遭遇した場合、胸の前で腕を組み、呼吸運動できる空間を確保することで、外傷性窒息のリスクを減らすことが期待できます。

ダンゴムシのポーズ
子どもがいる場合のダンゴムシのポーズ

万が一巻き込まれて転倒してしまった場合は、うつ伏せの状態で丸くなり、頭と腹部を守る「ダンゴムシのポーズ」を取ることが重要です。

《政府、自治体の帰宅困難者への対策》

東日本大震災をきっかけとして、2011年に首都直下地震帰宅困難者等対策協議会が開催され、2013年4月1日より、東京都では「東京都帰宅困難者対策条例」が施行されました。帰宅困難者対策の行動指針が示されており、「大規模災害発生時はむやみに移動を開始せず、職場や学校や外出先の安全な場所に最大3日程度留まる」というのが基本原則です。

大規模地震発生後の3日間(72時間)は人命救助のデッドラインとされ、救助・救出活動を優先させる必要があります。そのため3日間程度はむやみに移動せず安全な場所に留まる必要があり、企業等では従業員等を施設内に待機させる必要があります。そのため企業等や一時滞在施設に対して、帰宅困難者の一斉帰宅抑制やその対策、水や食料の備蓄が政府により推奨されています。

大規模災害発生時は一時滞在施設に留まり、その後救助・救命活動が落ち着いたら徒歩帰宅にて自宅を目指します。その際、地方公共団体と協定を結んでいるコンビニエンスストア、ファミリーレストラン、ガソリンスタンド、都立学校などが要請を受け、災害時帰宅支援ステーションとして利用され、可能な範囲で水、トイレ、道路情報などを提供してくれます。

《過去の「帰宅成功体験」が仇となる可能性も》

2021年10月7日に発生した、東京23区で最大震度5強を観測した地震においては、帰宅困難者対策のため、行政が設置した東京、神奈川、千葉の6カ所の公共施設では122人の帰宅困難者を受け入れています。その他、一部の駅では列車の車内が待機場所として開放されました。

しかしその一方、都内のシェアサイクルでは、街中の拠点(サイクルポート)から自転車の在庫が一斉に無くなったそうです。これは公共交通機関がストップし、タクシーにも乗りそびれた人々が、「足」を求めてシェアサイクルを利用した結果です。

この地震では、シェアサイクルで帰宅できた方も多数いたようです。近年人気となっているシェアサイクルが、災害時に有用である可能性が示された事例ですが、この「成功体験」が「本番」の首都直下地震にておいて仇となる可能性があります。

同様に、2011 年の東日本大震災においても、首都圏では多くの人が徒歩で数十kmを何時間もかけて帰宅“できた”経験があります。

これらの「成功体験」が、次の災害の時にも大丈夫という自信に繋がってしまう危険があります。実際、東日本大震災で帰宅困難者となったが帰宅できた人の8割以上が、次も同じ行動をとる(つまり、徒歩帰宅をする)と回答しているアンケート結果もあります。

先に述べたように、人口の多い都市部直下の大地震では建物の倒壊や火災の多発など、今までの帰宅困難とは大きく状況が異なることが予想されます。恐らくこれまでの「成功体験」が仇となり、無理に徒歩帰宅しようとした人々の中に、残念ながら命を落としたり負傷する人が多く出てしまう可能性があります。

《実際に帰宅困難者になることを想定しておく》

大規模災害時には無理に帰宅しないのが基本にあるとして、実際の大規模災害時にその場に留まるという選択をするのは、実は難しいことでもあります。

通信障害(停電、基地局のダウン、通信が集中することによる輻輳など)により連絡が取れない状況で、家族の安否が気になり家に帰ろうとしてしまうのは自然なことです。自宅にペットを残していたり、特に小さな子どもがいる場合は何としてでも家に帰らなければと考えるのも当然のことだと思います。

また、災害時における心理的な要素も影響します。先の首都圏での地震を見ても、その場に留まるという帰宅困難者対策の基本方針が周知されているとはいえず、人々は何とか帰宅を目指します。このような場合、自分は留まることが安全と知っていても、周囲の人々と同じ行動を取ろうとする「同調性バイアス」が影響し、自分も帰宅を目指して移動してしまうことも考えられます。

このような事態を避けるためにも、無理に徒歩帰宅することの危険性を知っておくこと、周知しておくことが重要です。そのうえで、安心して職場や一時滞在施設に留まるためにも、常日頃から災害時の行動を家族内で話し合っておくべきです。

いざというときにどういう行動をとるのか(とらなければいけないのか)、連絡手段はどうするのか(災害用伝言ダイヤル171、携帯電話伝言板サービス、LINE などのSNS)、連絡がつかない場合に落ち着いたらどこに集合するのかなどを、家族内であらかじめ決めておくことが必要です。

おすすめなのは、日頃から家族のLINEグループを作成しておき、LINEで連絡を取りあうことです。実はLINEは、元々は東日本大震災において通信手段が大打撃を受けた経験を元に、緊急時のホットラインとして使用できるように、電話回線が断たれても使えるメッセージアプリとして2011年6月に開発されました。

電話回線に繋がっていなくとも、Wi-Fiなどを経由しインターネットに繋がっていれば、メッセージや位置情報を送受信することができます。つまり、今日多くの人が利用しているLINEは、災害時に強いアプリでもあります。

スマートフォンに入れておきたい防災系アプリ 〜防災に特化したものから、普段使いできるフェーズフリーなアプリまで〜

さらに、カバンの中に必要最低限の物を入れた防災ポーチを常に入れて持ち歩き、突然帰宅困難者となっても困らないようにしておくことも重要です。

防災ポーチの中身は、モバイルバッテリー、小銭、ウェットティッシュ、ホイッスル、小型ライト、アルミブランケット、携帯トイレ、常用薬、替えのコンタクトレンズ、女性は生理用品などを入れておくのがおすすめです。

1人1つ持つべき「防災ポーチ」 〜災害はいつどこで発生するか分からない〜

日頃から防災を意識し、突然帰宅困難者となっても極力困らない準備・心構えをしておきましょう。